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西部海線の古い駅舎:潮風に磨かれた記憶の場所

西部海線の古い駅舎:潮風に磨かれた記憶の場所

連載:「台湾日式建築サンポ:都市偵探の楽しい時間」
第 1 回

台湾には、もう5回も通っている。それほどに「はまって」しまった。

台湾好きな日本人は数多いが、私の場合、目的は日式建築である。1905年から1945年までの日據(日治)時代に建てられたたてものに惹かれているのである。

日式建築、と言ってもその中には「和風」「洋風」「洋館付き住宅」「工場」「神社」などさまざまなジャンルが混在する。そのいずれもが、意匠生に富み、手仕事のぬくもりと誠実さを纏っている。そしてなによりも、その多くが、いまも台湾の人びとによって大切に守られて使われている。本国・日本ではほとんど姿を消した近代建築が、美しい島のすみずみに点在する。そのことに、日本人である私は、強く魅せられているのである。

台湾の旅の中で、私は地方のローカル線によく乗った。

特に、西海岸の苗栗あたりの「海線」は大好きだ。

90年ほど前に建てられた木造平屋の愛すべき駅舎たちが、今も現役で活躍していた。気に入った駅舎を見つけると列車を降りて、次の便が来るまでの小一時間、私は簡易実測にチャレンジし、平面図と立面図さらには断面図を描こうと意気込む。

Photo Credit: 渡邉義孝
Photo Credit: 渡邉義孝
Photo Credit: 渡邉義孝

そんな慌ただしさだから、とても図面と呼べるものが作れないが、それでもこういうことを繰り返していくと、柱のグリッドは日本と同じ3尺(909ミリ)の倍数でできていて、小屋組み(屋根の組み方)はほぼすべてが洋風トラスであり、切妻屋根と寄せ棟タイプの2つのプロトタイプがあることがわかってくる。そんな中で、いちばんのお気に入りは「談文」の駅舎だ。

1922年に「談文湖驛」とした建てられた木造平屋・切妻造りの小さな駅舎は、道路側でなくホーム側、つまり「いま駅に到着した旅人」に向けてその美しいファサード(顔、正面)を向けている。その妻壁にはブルアイ(牛眼)と呼ばれる洋風丸窓があり、それが強烈なアクセントになっている。押縁下見板は和風のディテール(細部意匠)だが、全体としては見事な和洋折衷の協奏曲に昇華している。

Photo Credit: 渡邉義孝

 

更にホーム上には、赤煉瓦のマッチ箱のような小屋が建つ。これは「油庫」で、ランタンや灯油などを保管していた防火倉庫。蒸気機関車の時代には多くの駅に設置されていたが、いまとなっては希少種。特にアーチ型の屋根の油庫は珍しい。私は次の列車に急かされながら、こちらの建物も寸法を図り始めた……。

「談文」も、その近くの「新埔」も、いまでは無人駅になっていた。降り立つ人もほとんどいない。いまは静かに海から渡ってくる潮風に、その躯体をさらしている。

これらの駅は、100年近くの間、数多の人びとの出会いと別れを見守ってきた。歴史の苦難も、個人史の喜びも、そのベンチや手すりには刻まれているはずだ。図面を描きながら、私は、そんな小さな無言の息遣いにも触れたような気がした。

Photo Credit: 渡邉義孝

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寄稿者情報

渡邉義孝
一級建築士・尾道市立大学非常勤講師。 NPO法人尾道空き家再生プロジェクト理事。東アジア日式住宅研究会会員。1966年京都府生まれ。神楽坂の鈴木喜一建築計画工房・アユミギャラリーを経て2004年「風組・渡邉設計室」設立。住宅設計の他、民家再生・文化財調査などに携わる。著書に『風をたべた日々~アジア横断旅日記』(日経BP社)。共著に『セルフビルド~家をつくる自由』(旅行人)など。

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