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台湾の日式建築を見る:慶祝・山佳駅復原完成!

台湾の日式建築を見る:慶祝・山佳駅復原完成!

連載:「台湾日式建築サンポ:都市偵探の楽しい時間」
第 3 回

私はいま、焦っている。
早く見に行きたい、この目でその美麗な姿を確かめたい。

新北市の山佳駅(車站)のことである。
連載第1話でも書いたように、台湾の旅の醍醐味のひとつが、日本統治時代の古い駅舎を見てまわること。そのために鉄道に乗ることである。
そんな私が2016年3月に訪ねたのが、ちょうど工事中の山佳駅だったのだ。

Facebookの友人たちによる「これは見ておくべき」というリストの筆頭に、それは上げられていた。
ガラス張りのエレベータで高架に登るタイプの新しい駅舎の脇に、1931年に建てられた旧駅舎があった。しかし、工事用フェンスで覆われていて、中を見ることが出来ない。

「中を見たいよね?」
この日の運転手兼ガイドを引き受けてくれた褚天安先生(新北市立秀峰高級中學)がニヤリと笑う。すぐさま現場監督に掛け合ってくれた。たぶん「日本から建築の研究のために偉い先生が……」などと、半分“ホラ”を交えてくれたに違いない。「どうぞどうぞ」と若いスタッフがヘルメットを手に招き入れてくれたのだ。

駅は煉瓦造だった!
躯体は「TR」すなわち「台湾煉瓦」の刻印も鮮やかな組積造。その表面に漆喰を塗り、こまやかな蛇腹を左官で表現している。線條のデザインもきりっとしている。そして外壁は「洗い出し」仕上げ。粒石入りモルタルを水で流して仕上げる。「洗石子(センシーズ??)」と呼ばれ、この時代の建築装飾の代表格だ。

許可を得て足場に登った。トラスだ。日式建築の多くが、日本的な和小屋ではなく洋小屋(トラス)で屋根を組んでいることは知っていたが、やはりここもそうだった。製材と金物加工の技術そして指導する設計者が揃えば、和小屋よりも細い部材で広い空間を柱なしで構築できる。合理性のあらわれだ。

「オレンジや赤のリボンは?」私の質問を、褚先生が翻訳する。
「赤は交換が必要、オレンジは補修が必要な部材。白は健全な材の区別です」という。なるほど、これはわかりやすい。

「あっ!」と私は声を上げた。「と五」の番付を見つけたからだ。
大工さんが棟上げの時に、それぞれの部材の位置を記した座標のことだ。横軸を「いろは……」縦軸を「一二三……」と決めている。ほかにもカタカナで「ボールト」の墨書き。これはトラスの合掌材のボルトの位置の指示だ。ずっと天井裏隠れていたこの構造と文字は、85年前の職人たちの息遣いそのものだった。丁寧に削り、ぴったりと組み上げた部材たちとの偶然の邂逅に、私は立ち去りがたい思いだった。

(写真:渡邉義孝)
(写真:渡邉義孝撮影)

それがついに完成披露したという。
2月18日のオープンに合わせて、SNSでは、多くの古建築ファンが「見てきたよ」「よかったよ」とネットに書き込んでいる。見ているだけでうずうずしてくる。

でも、いいのだ。私はまさにこの建物が裸にされ、新たな命を吹き込まれる瞬間を見たのだから……と自分に言い聞かせても、やっぱり思う。
「ああ、はやく現地で見てみたい!」と。

〔編集部より〕
山佳旧駅舎はどのように修復されたか、気になって現場に駆けつけた編集部の写真です。ご覧ください。

(写真、左:渡邉義孝撮影、右:Taisuki Café編集部撮影)

 

【山佳駅】
 アクセス|(台北駅からの場合)台湾鉄路の南下(くだり)の区間車(鈍行列車)で、23分間で行ける。
 料金|24元。
 【旧事煤好:山佳車站百年鐵道風華特展(「炭鉱と鉄道の山佳百年史」展示)】
 時間|2017、2月17日〜2017、4月4日。10時から16時。
 無料見学。

寄稿者情報

渡邉義孝
一級建築士・尾道市立大学非常勤講師。 NPO法人尾道空き家再生プロジェクト理事。東アジア日式住宅研究会会員。1966年京都府生まれ。神楽坂の鈴木喜一建築計画工房・アユミギャラリーを経て2004年「風組・渡邉設計室」設立。住宅設計の他、民家再生・文化財調査などに携わる。著書に『風をたべた日々~アジア横断旅日記』(日経BP社)。共著に『セルフビルド~家をつくる自由』(旅行人)など。

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